水戸 ひたちなかにある占い レイキは星乃光にすべてお任せ

2016/03:星乃光のブログ

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2016-03-30 20:21:01 0 Comments

いくら神参りをしていても、

サイキック能力がありそうでも、

なんか、

人間的な部分で…ですが、

「えっ??」って、

ひと、

たまにいますよね(汗)

私は皇太神宮ばかり行っているけど、

お参りではたびたび見かけるが、

なんか、

「変になって」ゆく人って、

いるものですよ。

不思議でした。

「なんで神向きされているのに、
ああなってゆくのだろう??」と。

先日、
なんとなく、

「ああ、
きっと自分都合なんだろうな」と、

お答えを頂きました。

自分が絶対に、
「こうしたい」という、

目的は、
別のものがあって、

神参りは、

「そのための手段」なんですね。

きっと。

もちろん、

誰しも夢や希望があって、

それに向かって努力して、

神の助力を願うことは、

良いことだと思います。

しかし、

物事にも程度があり、

先に申し上げたような方は、

基本的に、

「神を信じていない」のかもしれません。

支配欲とか…は、

特に特定の人に向きやすいものですが、

人って、

自分の希望通りになるわけがありません。

希望通りになる必要もないのです。

そこを認められないのは、

「宇宙」といいますか、

「神」や、

「大いなるもの」への、

信頼が、

根底にはないから…と、

思います。

「神」、

言葉を変えるなら、

「大いなる法則」

その法則性の中には、
生かされてはいても、

自分がコントロールすることはできません。

自分自身は唯一コントロール出来るものですが、

他人など、コントロール出来ないものもあります。

中にはスピリチュアルをも道具にして、

人をコントロールしている場合が、

意識的か、無意識かは別にして、

されている場合があります。

これを、

「スピリチュアルエゴ」

と、言います。

そういうマインドの不調和が、

さまざまな問題を、

その方の周辺に引き起こすのでしょうね。

…と思いました。


2016-03-28 22:45:22 0 Comments

今日は、
予定を繰り上げて、
皇祖皇太神宮へ。

3月はおそらく、
最後の神参りでしょうね。

お参りした感覚…

自分が決心したことや、
正しく受けたインスピレーション、
それに対して、

「注意をそらす」

出来事や人間が現れるかもしれない。

もっともらしい理屈や、
道徳論などを持ち込むかもしれない。

そういう時、
それに飲まれるのではなく、
しっかりと自分の感覚を保ちましょう。

感情的になったり、
同調すること、
リアクションをすることで、

自信や、
やる気、
それらのモチベーションを、
悪霊的なエネルギーは、
そぎ取ってゆきます。

大切なのはあなたの「精神」が、

「くつろいでいること」

自分が平和であり、
自分が楽しい未来を想像できる、
そういう選択をすること。

周りの喧騒を気に留めず、
まるで神とともに遊んでいるような、
そんな毎日を過ごせたら、
おのずと幸福に向かうでしょう…

そんな感じでした。


さて、
4月の食事会ですが、

9日(土)神参りランチ会

23日(土)星読みの世界:夕食会

です。

9日土曜日は、
11時〜皇祖皇太神宮にて行います。

通常の参拝をされたい方もOKです。
ご参拝で参加の方は、
ゆっくりめにご参拝できるようにしますね^^

「神参りの仕方」を学びたい方は、
参加費1500円でお願いします。

以前既に参加されて、
今回は通常のご参拝で…という方は、
会費は不要です。
ご自分のランチ代ご精算ください。

その後、
場所を移動しまして、
ランチの予定です。

今回は海鮮どうかな??
お値段が2〜3000円になると思うのですが、
通常のご参拝の方は会費不要ですので、
ご検討くださいませ。

参加希望の方は、
星乃までメールくださいませ。


23日土曜日は、
「星読みの世界」夕食会です^^

インド占星術や、西洋占星術、宿曜経など…
星読みの世界の不思議について、
お話ができれば…です。

たとえば、
好みの異性のタイプと、
実際に結婚した配偶者のタイプ、
一致しない人が多いのはナゼか?
とか(笑)

星読み的なお話ですが^^

むかし、
私のラジオ番組を聴いていた人は、
聞いたことがあるかも知れないけど。

参加費は2000円で、
参加費にお食事代は含まず、
個々人お食事代ご精算ください。
お食事は1〜2000円くらいと思います。

スタートは18時半頃から、
場所はひたちなか市内、
お料理は洋食系の予定です。

参加希望される方は、
星乃までメールくださいませ。

よろしくお願いします^^


2016-03-26 01:06:27 0 Comments

ウチで仕事をしていたら、
然々さんからの連絡が入っていて、

「星乃さんを訪ねて○○県からいらした方がいますよ」と。

担当日ではなかったけれど、
行く時間があったので、
然々さんへ。

「以前、鑑定させて頂きましたっけ?」とお聞きしたら、

「〇〇のイオンで以前みてもらって…」と、

10年ほど前に鑑定したご家族さんでした。

当時は、
ホームページも今のものではなかったし、
どうやって探していらしたんだろう??と、
いま思うと不思議です^^

10年ぶりにお会いして、
その間お互いに、
流れた時間には色んな「濃さ」があって、
またいつか、
お会いする時は、
近いのか遠いのかわかりませんが、
また色んな歩みがあって、
感慨深いものがあるのでしょう。

ご縁って不思議ですね^^


話しは変わりますが、

今度、
またこれもご縁で、
あるエネルギーワークを学ぶことにしました^^

それはね、
ちょうど一年くらい前に、
鑑定させて頂いた方なのだけど、
私がインド占星術で、

「エネルギーワークも適正ありそうですよ」と、
私は言ったらしく、

それから間もなく、
あるヒーリング法に出会ったそうです。

最近になって、
ご連絡を頂いて、
その経緯のお話を伺って、
ヒーリングのお話を伺ったり、
遠隔セッションを体験させて頂いたり、

そのヒーリングに、
なにかある種の「可能性」を感じました。

人生経験も豊かで、
安心できる方なので、
その方に教えて頂くことにしました^^

生徒になるのは、
久しぶりかも知れません(笑)

最近何となく感じることは、

「人はカルマから解放されてよい」

と。

若い時期に、
困難なカルマからの出来事を体験し、
そこから学ぶのは必要と思いますが。

十数年来さんざん、
「カルマ」や、
「宿命」や、
「運命」を扱ってきましたが、

人間はこれからは、

「自由に、創造的に、生きられる時代」
そんな感じがします。

そうなったら、
極端な例えですが、
「命術」←誕生日で占う方法は、
当たらなくなるかもね^^

「命術」は、
カルマの統計ですから。

でもね、
「カルマから解放される人」は、
困難からきちんと学んだ人のみ。

そんな感じがします。

「何か見える」とか、
「スピリチュアル的な知識がある」とか、
「スピリチュアル的な実践をしている」とか、
それとは無関係です。

困難を経験したけれど、
それを前向きに捉えて、
普通の生活であっても、

以前より、

「明るい、素直な人格」や、
「依存しない自立的な思考」が、

育っていたら、
それで合格なのではないでしょうか。

そういう人はね、
これからどんどん上昇して、

「自分らしい幸福」を、

きっと、
得てゆくことが出来るのだと思います。

最近は、
皇太神宮にお参りしていても、
そのようなメッセージを多く感じます。

私がそのヒーリングに、
可能性を感じるのは、
ある種、

「カルマからの解放」の、

手助けになる可能性を感じたから。

「え〜習わなくてもやってるんじゃないの?」とか、
もったいない言葉を頂くのだけど、

「私は長いから」とか、
そこは関係なくてね。

キリストも、
あるくだりの中で、

「先の者があとになり、あとの者が先になるであろう」と、

言葉を残しています。

だから、
こだわらずに。

習得しても、
この性格ですから、
普段のセッションの中で、
必要な方には、
こっそり取り混ぜてやっているでしょうけど(笑)

使うのは、
もう少し、
先になるかも知れませんが…

よい週末を^^


2016-03-19 22:19:11 0 Comments

みな、
きっと、
いろんな前世を生きてきましたよね。

経験からの、
記憶や解釈のクセって、
魂にしっかりきざまれて、
生まれながらの、

「わけのわからない強迫観念」って、

いうかたちで残っている場合があります。

たとえば、
修道士さんとか、
敬虔な信仰をもっていた前世があると、

「自分を犠牲にする」ことに、

慣れていたりします。

多くの宗教で、
自己否定や、
奉仕が、
善とされているからです。

宗教では、
贖罪論が説かれています。

贖罪論ってのは、
「罪と償い」

簡単に言うと、
そんなことです。

例えば、
アダムとエバが、
神様の言いつけを守らず、
リンゴの実を取って食べるという、
間違いを犯したから、

また、
その子供たち、
カインとアベルが、
殺しあったから、
その子孫である人類は、

「生まれながらにして罪人である」

だから、
罪のない再臨主である、
キリストを迎え、
許されることが必要である。と。

キリストは2000年前に、
亡くなっていますが、

新約聖書の、
「私はまた来る」とか、
キリストが言ったかわからない、
言葉を引用して、

「実は現代、キリストが降臨されているんです!」

みたいな。

キリストでの例えをしましたが、
例えの内容が、
ご先祖だったり、
お釈迦さまだったり、
多少の違いがあるだけです。

こういう宗教の特徴は、
「罪や償い」を説いているのだけど、

人間には欠陥があるから、
「自己否定して奉仕しなければならない」ってのが、
特徴のように思いますね。

真偽のほどは、
ここでは論じませんが、

これは、
群衆を支配するために、
かなり利用されてきました。

人間的に、
「これが正しいだろ」って、
話しだと、
「それはあなたの意見でしょ?」って、
反論もありますが、

神や何か、
神聖っぽいものを持ち出すと、
反論する人が少なくなり、
おとなしくなりやすい。

昔の時代は、
「国教」なんて、
制度があったんですから、
びっくりですね。

ついこの間までの話ですよ。

話しが膨らみましたが、
その系統の宗教では、
「自己否定と奉仕」が
定番です。

内容は、
自分が嫌でも伝道に行くとか、
自分が大変でもお金を献金するとか、
いろいろですが。

敬虔な信仰をもっていた前世などありますと、
「犠牲になること」が、
違和感なかったりします。

人に甘えるのが苦手、
人に頼むのが苦手、
そんな傾向がありますね。

魂が、
転生する理由として、
そういう「前生のクセ」の、
「バランスを取る」って、
目的もあります。

つまり、
あれはダメ、
これもすべきでない、
みたいな、
マインドの堅さは、

「想定外の出来事」で、
削られてゆくことがよくあります。

もともと厳格な人であったけど、
理性ではどうにもならない感情の体験をしたり。

罪悪感に、
さいなまれても、

「それでも神は変わらず私を愛している」

そんな体験をするんですね。

そういうことを積み重ねながら、

「宇宙の真理とは何か?」

を悟ってゆきます。

人生に起きてくる出来事は、
好むと好まざるとに関係なく、
このような意味合いもあります。

うまく乗り越える?コツ?

あるようで、無いようですが、

「その出来事を前向きにとらえる」
「その出来事の意義を考える」

そんな感じでしょうか。

出来事に対してね、

「あ〜嫌だ。こんなことが起きている」って、

出来事にのまれっぱなしになると、
抜けるのに時間がかかってしまう。

「嫌だ」って、
感じるのは感性だから、
否定しなくていいの。

感じる事すらなくなったら、
人ではなくなってしまうよ。

大切なのは、
感じて、それを冷静に見る事。

それに意義を見出だしたり、
それを「たのしめる」
までになったら、
もう、
瞬間的に抜けてしまうかもね。

有意義な毎日を、
お過ごしくださいませ^^


2016-03-15 21:02:13 0 Comments

先日、
無事に誕生日が来まして、

干支が4周りした年齢になりました^^

48年、
あらためて、
いろんな方々にお世話になってきたな〜と、
感慨深いものがありましたよ。

感謝の想いと共に、
自分自身も更に有意義な毎日を送れるよう、
取り組んでゆきたいですね^^

あの世へ旅立つ時にですね、

「あ〜人生おもろかったわ」

↑こう言えたら良いよね。

人生は、
白いキャンバスみたいなもの。

そこにね、
どんな絵を描くかって、
個人の自由なんですね。

きっと、
いろんな要素があって、
いろんな色彩があって、

それぞれが調和している絵だったら、
きっと美しいんだろうね。

だから、
お金の苦労とか、
病気の苦労とかも、

きっと、
深みのあるいい絵になるんだろうね。

人生の中でも、
いろんな経験をして、
その経験から学んで、
大きな人間性を育てられたら、
良いんだろうね。

私も、
体験したいこともっとありますよ^^

でも、
警察のお世話になるとか、
そういうのはちょっと勇気ないな〜(笑)

昔知っている話だけどね、
暴○団の親分が、
組を辞めてキリスト教の牧師になったとか、
そういう話も、
面白いとは思うんだけどね^^;

さあ、
明日はどんな面白い絵を描きましょうね^^

PS,
21日夜の食事会は、
なんか、
インド的な空気でと思っています。
インドカレーが大丈夫な方はどうぞ。

「あの世のお話し」

というタイトルですが、
サブタイトルは、

「お彼岸の夜はインドdeナイト」

みたいな(笑)

まいど、
計画性がなくてね(笑)

良く言えば、

「いまをいきる」

そんな感じです(笑)
失礼しました。



2016-03-14 01:03:20 0 Comments

13日は、
皇祖皇太神宮の、
春季大祭でした。

鳴動神事での音魂は、
男神さま、
女神さま、
共に音魂は力強く安定したものでした。

神様が降りられる時に、
近くまで降りて来られていながら、
しばし様子をみられている感じもあって、

音魂としては、
音の鳴り始めうっすらと音がしたものの、
ふっと音が引けてしまうような感じもありました。

管長さんの総括として、
物事まとまる前に何かある。
万全の準備をして油断しないこと。
神向きをして気の感性を高めておくこと。

そのような総括でした。

私的には、
朝、今日は神様に何を申しあげようか…と、
思った時に、

「ますますのご発展心からのお喜び申し上げます」

そんな言葉が浮かびました。

神様に、
こちらから「ご発展お喜び…」というのは、
少し変かも知れませんが、
皇太神宮の神様が、
少しずつ知られるようになって、
ご加護を頂いて幸せに向かう方が増え…
お喜び申し上げます。
ありがとうございます。
という意味合いです。

私がきっかけとなって、
皇太神宮に縁をされた方も、
その中で開運に向かわれる方もいて、
お参りの度に、
お礼を申し上げています。

私が始めてお参りした、
10数年前は、
敷居が高い感じがして、
容易に踏み行ってはならない感じでした。

今では色んな形で知られて、
沢山の方がお参りされるようになりました。

今回の大祭でも、
バスで団体の方々も立ち寄ったりと、
賑やかでした。

ご神前で、
「ますますのご発展心からお喜び申し上げます」と、
祈っておりましたら、

それは、
神様に申し上げているのですが、

それだけではなく、
神様がこちらへも、
申し上げて下さっているのだと感じ取りました。

だから、
気の感性が整っている方は、
これから良い流れに乗って行くのだと思います。

またこれからの日々が、
よきものとなりますよう、
お祈りしております。


2016-03-11 16:39:27 0 Comments

たまに、

人の気は受けないし、
身体も丈夫そのものに、
みられる事があるようですが、

生身ですからね、
具合が悪くなる時もありますよ(笑)

疲れがたまったり、
強いエネルギーに当たったりしてね。

だいたいは、
頭痛とか、
吐き気とか、
めまいとか、
そんな症状が多いですかね。

あまり、
薬とか使わないので、

そんな時の、
自分的なヒーリングの、
ひとつの方法ですよ。

名付けて、
禅的ヒーリング(笑)

身体と話して、
和解してゆきます。

トーキング・トゥ・ザ・ボディ

です。

禅的な事を書くときはね、
文章がラジニーシ(インドの瞑想のマスター・故人)風になります。
悪しからずm(__)m

以下。

身体が何かを訴えるとき、
症状と闘ってはいけない。

痛みがあるときに、
それは良くも悪くもなく、
ただ「痛い」という現象があるだけだ。

痛みは良くないもの、
痛みは忌むべきもの、
生産性の障害となるもの、

その判断が、
その個人を苦しめるのだ。

痛みそのものより、
それが嫌だという解釈で、
人はもっと苦しくなる。

本質は、
痛いという、
現象があるだけである。

「最高の生産性を上げなければならない」と、
常に緊張していたり、

「誰かの期待に応えるからこそ、
社会の落伍者にならない」とか、

その観念が、
痛みを忌み嫌う、
主要な原因なのかも知れない。

そう教えられてきたし、
思い込まされてきた。

自然に学ぶなら、
晴れの日があって、
雨や雪の日があって、

暖かい日や、
寒い日があって、

自然にはバイオリズムがあるのに、
なぜ自分のバイオリズムは許せないのかね?

世の中の多くのことは、
自分が先延ばししたり、
放棄しても、

後からすませたり、
誰かが代わってすませたり、

世の中は、
そうやって有機体として、
今日も、
明日も、
成り立って、
進化してゆく。

私が目覚ましをかけわすれても、
朝になれば陽はまたのぼる。

宇宙の総責任者に、
自分がなろうとする必要はない。

痛みがあるときは、
そっと横になって、
その部位に意識を向けてあげよう。

きっと、
精一杯頑張っても、
認めてもらえない、
感心すらもってあげなかったから、
愛を向けて欲しいのだ。

だから、
その部位にそっと手を当てて、
静かに語りかけてみよう。

「私はあなたを感じています」

「私はあなたを信頼しています」

「負担がかかっても、
精一杯頑張ってきてくれた、
あなたを尊敬し、感謝しています」

「ありがとう」

と。

くれぐれも、
「治そう」という希望や、
「治る」という期待を入れないように。

それがあると、
身体と対話している事にはならない。
それはコントロールだ。

身体と対等な立場で、
症状や、
そうせねばならなかった、
事情をシェアするのだ。

心からの想いが身体に届いたとき、
あなたの身体はニュートラルになる。

深い癒しが起きて、
心と身体は和解し調和する。


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